過去のWEBについて少し振り返りますが、WEB 1.0のインターネット黎明期に世界中の様々な情報にパソコン画面からいつでもアクセスできることは世の中に大きな衝撃を与えました。世の中が大きく変わることを予感した人も多くいらっしゃったかと思います。
WEB 2.0に至ってはインターネットの中にソーシャルな概念をもたらしました。
携帯電話のアドレス帳に入っている遠く離れた友人たちにも社会に出れば日々の仕事や付き合いに追われなかなか連絡取りづらいものです。
ところがSNSによって友人たちと一気に繋がることで彼らの近況も知りながら『いいね!』と気軽に反応を伝えることができる。
直接会ったり電話しなくても友人たちとずっと社会的に繋がっていられるわけです。
スマートフォンを介し時間と場所を越えて人と人が一気に繋がる衝撃の大きさは、SNSアクティブユーザーの急激な増加を見れば一目瞭然でしょう。
ところがWEB 3.0で衝撃を受けたものを見たことがありますか?
例えばAIチャットボットに時代を変えるほどの大きな衝撃を受けた人はどれぐらいいるのでしょう?
もちろんAIチャットボットも黎明期でしょうから今後どこかで衝撃的なものが生まれてくるかもしれませんが、少なくとも今のAIの技術だけで作られたAIチャットボットが人のオペレーターに代わりコスト削減に明確に繋がったと自信持って言える企業があるとは思えません。
(あるのであれば是非紹介してほしいぐらい…)
サービスも頻繁に変わる企業にとっては運用も大変ですし、チャットボットの回答を最新の状態に保つだけでも相当なコストです。
人の代わりになるはずのAIが別の作業とコストを生み出すだけじゃなく、当のAIもいつの間にやら支離滅裂な回答でサービスレベルを下げてしまうと言う本末転倒な状況になる訳です。
そしてこの手の要素技術で最も厄介なのは、その技術活用の質が悪魔の証明に似ているところにあります。悪魔の証明とは『ないことを証明すること』です。
「ある」と言う事実は一例でもあることを証明すれば済みますが、「ない」ことを証明するためには世の中の森羅万象全てを調べ尽くさなければ証明できないため悪魔の証明と呼ばれます。
華やかに映る嘘か誠かもわからぬ他社事例を盾に「我が社もAIでイノベーションを!」と経営陣が叫べば現場に指示は落ちてきます。初めは現場もAIに大きな期待を持って取り組みますが徐々に実情がわかってきます。
「え…、何コレ、、」
しかしアサインされた担当者たちは経営陣の期待に添えるほどのイノベーションをAIが起こせないことを証明することができません。AIは作り方も自由で精度はデータ次第と言われれば尚更です。
「シナリオの作り方がいけないんじゃないの?」「データがいけないんじゃないの?」と言う声が聞こえてきそうですね。考えられる範囲を超えたシナリオや無限に生み出されるデータの組み合わせをすべて調べ尽くし試すことは不可能ですから、アサインされた社員は悪魔の証明状況に陥るわけです。
WEB2.0の成功体験しか知らない経営陣の過度なAIへの期待が当のAIではなく、担当社員への期待外れに変わり、いつの間にかAIがスケールしない責任を押し付けられてキャリアを潰された方も中にはいらっしゃるんじゃないでしょうか。
ではWEB 3.0は衝撃的なイノベーションを起こすプロダクトやサービスは生まれないのでしょうか?
答えはNoです。必ず生まれます。
しかし何が正解なのかについては前人未到の領域ですから各社は鎬を削って妥当な製品やサービスを生み出せるまで仮説立てて信じる道を突き進むしか方法はありません。
可能な限り数字に追われず経営陣の過去の成功体験を押し付けられない環境の中で、“ある”ことを証明するしかないのです。
以上を踏まえて次回、WEB 3.0の時代における当社の羅針盤が示す先について記載しておきたいと思います。
(次回につづく)
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